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ボイトレ
こないだのモンチカ先生のボイトレ個人レッスンは、泣きながら歌った。

モンチカ先生が厳しいからではない。
感情移入して歌ったから。

個人レッスンの時はギターが無いので、カラオケの曲で練習をする。
アタシ、カラオケって苦手なんだよね。
自分の曲を歌うのと、カラオケで他人の曲を歌うのでは、歌う意味合いが全く違う感じ。
カラオケって、なんか、モノマネ大会みたい。
…と、思っていた。

それでも、個人レッスンでは毎回、カラオケを使って、滑舌を良くするトレーニングとか、リズムが流れないようにするトレーニングとか、色々やってきたけど、今回は、言葉尻の処理の練習。
最初にモンチカ先生が歌うのを聞いて、アタシは、『はっは〜ん』と思った。
こうすれば良いのか、と。
それを真似して次に歌った。
…ら、
全然ダメだと言う。
えー。だってモンチカ先生は、言葉尻のひとつ手前の音をこうやってたぷー!
と言うと、そうではないのだと。
ここの音をこうすれば良い、とか、そういう問題ではない。
そういう『段取り』が重要なのではないのだと言う。
もっと歌の世界に入れと言う。
どんな気持ちだからここでこの言葉なのか、伸ばすのか、切るのか、強弱、抑揚、全てに理由があって、ちゃんとその歌の世界に入れば、自然にそうなるのだと。
だから、誰かがこうやって歌ってるのがカッコイイから、というのは、全然ダメなんだと言う。

そっかー。
アタシ、カラオケがモノマネ大会みたいだと思ったのは、その歌を歌っている歌手の歌い方に影響されちゃってるからなんだ。
しかも、歌の世界に入っているつもりだったけど、その歌を歌っている歌手のイメージの世界なだけで、その世界は、自分じゃなかった。

カラオケの曲を、今の自分の言葉だと思って、もう一度歌った。
アタシの知ってるあの町の、夜の風景、気温、匂いなどを思い出しながら。
すると、途中の歌詞で、急に寂しくなって、泣きそうになって、支えが抜けた。
支えの抜けた状態で歌うのは、モンチカ先生のボイトレメソッド的には、NG。
歌い終わって、それを指摘されるかと思ったら、意外にも、『あの場合は、表現として、有り』と言ってくれた。
あそこで支えを入れられなくなるほど寂しくなったのは、事実。

アタシがモンチカ先生のレッスンで素晴らしいと思うところは、そういうところなんだ。
人間らしいところを、重視してくれる。
ロボットじゃないんだから、寂しくなって姿勢をキープ出来ない時もある。
表現したいのがそれほどの寂しさなら、それで良いのだと。
その言葉に、アタシはちょっと感動するほど共感した。
うまく言えないけど、この先生、やっぱ凄いなと思った。

そういう感じで、感情移入出来る他の曲も歌ってみよう、ということになり、歌ってみた。
もうね、泣いちゃって全然歌えない。
でも、それで良いのだと言う。
練習の時に泣いて泣いて泣きまくって、この気持ちを覚えておいて、本番では泣かずにこの気持ちを思い出せるように、と言われた。

それから、モンチカ先生は、こんなことも言っていた。
同じ悲しい曲を歌うにしても、メソメソしながら『悲しい』を歌うのか、『悲しいけど、それを全部抱えて生きていく覚悟』として歌うのかによっても、違う。
だから、自分の人生を重ねて自分の『今』として歌え、と。
それが出来てなかったから、アタシのカラオケはモノマネ大会にしかならなかったんだな。
モンチカ先生が歌うカバー曲は、どれもオリジナルを凌駕してるのは、こういう意識で歌ってるからなんだね〜。
アタシも頑張るぷー!!

| 猫丸 | - | comments(2) | - | - | - |

Comment

よっし〜 | 2018/12/26 9:04 PM |
猫さん ファイト〜!
猫丸 | 2018/12/26 11:52 PM |
>よっし〜さま!

長文、読んで下さってありがとうございます(^-^)
頑張りまーす!









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